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創作活動ブログ 器用貧乏

なんでもそこそこできるけど極めるほどハマれない、器用貧乏な筆者が創作活動における成長の過程を貼っていきます。

もう終わりにしようよ・・・こんな気まずい関係。

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 私はお酒が弱いという話は前に書いたが(参照:「一次会で帰りますマーク」http://strangetoys.hatenadiary.jp/entry/2014/02/05/155313)、食べる方に関しては大食漢の部類に入る。飲み会では、もっぱら食べる方に専念するタイプである。

 

 特に年齢が上の方々が多い飲み会など、それはそれは、みんな食べない。おじさんたち、料理食べなすぎ。お酒が好きな人ほど、全然食べない。漬物とかちょっとかじりながら焼酎とかどんどんいっちゃう。いやー考えられん。

そんな中、料理は残してはいけないという純日本的かつ体育会系の教育を小さい時から受けてきた私は、ガブガブ食う。気を使って1分くらい待っても結局誰も手を付けないので、また食う。それでもさすがに全部は食べきれず、残してしまうことに心を痛める日々である。

 そんな感じで上司の話よりも食べ物の動向を常に目で追っている私にとって、いつも気になるのが「最後の一個」である。

 飲み会の料理は大雑把に言って、から揚げやピザのような「固体モノ」と、サラダや炒めもののような「流動モノ」に分けることができる。「流動モノ」を取り分けるとき、下っ端を自覚する者たちが気を使って「取り分けましょうか?」とかいってせっせとサラダを取り分ける姿を見るにつけ「そんな気を遣わなくていいんじゃないか・・みんなテキトーに食いたい分だけとればいいじゃん」とか思ってしまうが、今回はその話は置いておこう。「固体モノ」は各々が好きにとって食べていくが、最後の一個になった途端、誰も手を付けなくなる。これを「関東の一個残し」と言い関東人の気質を表すものと聞いたことがあるが、関西でも「遠慮のかたまり」という名前をもっているらしい。その他、全国各地でこの現象は観測されており、地域ごとに異なる名称を持っているようだ。つまり地域によらず、日本人は最後の一個に手を付けない気質があるということになる。

 「最後の一個」が皿の上でさびしそうに置かれている様子は本当に見ていていたたまれない。しかし最後の二個目までガブガブ食べてきた私が、最後の一個まで食べる権利はあるのだろうか?とか無用の気遣いをしてしまう(結局誰も食べないので食べちゃうけど)。

 そんな日本人のめんどくさい心理的状況を解消するのがこちらのアイテムだ。

 

 「最後の一個は私が食べます旗」(おもちゃ其の23)

 

(イメージ)

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 (使い方)

 あらかじめ旗の真ん中の記入欄に氏名を記入しておく。

 飲み会へ行く。

 から揚げなどの固体モノが運ばれてきた瞬間に、おもむろにカバンから取り出す。

 から揚げの一つに刺す。

 「はい最後の1個ゲットー」的なセリフを付けると効果的。

 

 これで無用な気遣いからオサラバ。好きなだけ食べなさい、全国の若いサラリーマン諸君。